創業からの歩み

創業からの歩み

創業からの歩みのイメージ

鉄骨から総合建設業へと

創業者「垣本義治」が垣本機鋼㈱を設立
創業からの歩みのイメージ1

昭和34年に垣本機綱㈱を設立し
先代である「垣本義治」が代表取締役に就任する。

先代は、管材やバルブの販売をおこなっていた和泉兄弟商会で経験を積み、その後、前身である紀南機工商会を昭和31年に創業しました。
それから3年の昭和34年、垣本機鋼㈱を設立し代表へと就任するに至ります。

創業からの歩みのイメージ2

設立当初は、管材・バルブ・建築資材(鋼材)を販売、
それから製缶や鉄骨架台の製造へとシフトしていく。

設立当初から変わらず大阪市西区を拠点に活動しておりましたが、この頃はまだ建築資材等の製造加工を主な生業としておりました。
それからプラント関係の製缶業へ事業の幅を広げ、それに伴って「プラント用の鉄骨架台」を製造するようになります。

総合建設業への基盤
創業からの歩みのイメージ3

鉄骨に関するノウハウを活かし、建築の現場へ。

鉄骨架台で得た経験を糧に躯体工事(鉄骨造)へと事業を拡大し、鉄骨の製造加工だけでなく「施工」まで一本化して仕事を請け負うことになります。
建築の現場では、自社工場で培った技術力やノウハウを評価頂き、数々の建築に携わっていくことになります。

創業からの歩みのイメージ4

垣本鉄建㈱に商号変更し、総合建設業へと大きく舵をとる。

昭和45年に建築業の許可を取得し、鉄骨造だけでなく建築全般へと事業を拡大します。
基礎工事から竣工まで一貫した取引を開始し、長年にわたる鉄骨の経験値がここでも活かされてきます。

建築業への動きは更に加速し、昭和54年には垣本機鋼㈱から垣本鉄建㈱に商号変更するに至ります。
そして商号変更から3年後、現代表の「垣本祥博」が入社し、垣本鉄建に新しい風が吹き始めます。

㈱カキモト建設へ商号変更
創業からの歩みのイメージ5

時代のニーズに応えた建築。

平成に入ってからは、時代のニーズに合わせた現代的な設計や建築をおこなうようになります。
建築事業の拡大に伴い、建築関係の許可申請も幅広く取得し、建築業を専門とした事業へと転換していきます。

創業からの歩みのイメージ6

垣本鉄建㈱から㈱カキモト建設へ商号変更。

平成14年、総合建設業として新たにスタートを切り、現在の「株式会社 カキモト建設」が誕生しました。
既に総合建設における経験値は豊富で、基礎/躯体工事/外装/内装/外構など、あらゆる工事にて高い技術力を発揮し、高品質な建築をおこなっておりました。

そして現在へ
先代 垣本義治


平成22年、創業者「垣本義治」が代表を勇退。

昭和34年から52年間、代表取締役を務めた創業者「垣本義治」が、惜しまれながら退任致しました。
そして、現代表である「垣本祥博」が代表取締役に就任することとなります。

株式会社 カキモト建設

総合建設の株式会社 カキモト建設。

時代は昭和から平成へと移り変わりましたが、カキモト建設は半世紀以上に渡り、大阪市西区で建設業に携わって参りました。
平成29年現在、時代は更に移り変わろうとしておりますが、カキモト建設は変わらずに、大阪市西区で建設業に携わってまいります。

代表取締役 垣本祥博

PAGE TOP